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レストラン リード [追憶]

1978年 就職をして仕事に拘束されるようになると学生時代のように意の向くままに思いのままに時を使うことなどできなくなった。それでも僕(あるいは僕ら)はまるでそのことに抗うかのように色々なことをした。それは意識してそうしたわけではなく内から湧き上がる何かが僕らを駆り立てていた。テニスやバドミントン、茶道やダンス、旅行など、濃密な時間を求めて時を忘れて過ごした。
僕らはバドミントンの教室で出遭った。彼女は19歳、澄んだ頬に恐れのないまなざし、白いウエアに身を包み臆することなくふるまっていた。若さゆえのいわれのないものだったかもしれない。その日、僕は彼女に魅かれて声を掛けた。

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それは初めての恋では無かったので戸惑うことはなかった。僕らは少しづつ確かめるように時を重ね、今と行く末の間を思いながら、いつしか親しくなっていった。新しい恋愛の始まりだった。

そのころ僕らはよく川越のレストラン リード に通った。お店は大仙波で国道16号から左(東松山方面)にそれた左側にあった。黒く四角い鉄骨の枠組みに全面ガラス張りのようなお店だった。
道に沿った店の前の駐車場に車を止めて、向かって左手から折り返し階段を二階に上がったところがメインフロアーでフロアーは窓際に向かって階段状に下がっていたと思う。奥の席からも大きな窓から国道16号越しに南古谷の田園風景が見えた。階段の踊り場は少し広くなっていて時折生演奏もあったと記憶している。
オーナーは素敵な奥さんで、何か自分の趣味のようにレストランを開いているということらしかった。僕らはお金がない若い恋人どうしだったので贅沢な食事はできなかったが少し遅い昼食の一皿のためによくここにきた。そうして時折ディッシュアップに立つオーナーの心温まるまなざしに包まれて幸せな心地で過ごした。彼女は僕たちの様子を見てその時に相応しい席に案内してくれたように記憶している。特に中段の中ほどの席に案内されると何かスポットライトを当てられているようで気恥ずかしく感じることもあった。
夏のある日、彼女はビシソワーズを注文したことがある。それはメニューには無かったがホールスタッフはマネジャーにそれを告げ、僕らは冷たいスープを頂くことができた。
そして翌週にお店を訪れると今度はスープメニューにビシソワーズが加えられていて、僕らはにっこりと顔を見合わせた。
僕たちが結婚してからは乳飲み子を連れてゆくこともあったが折々にオーナーの心遣いホスピタリティーに身をゆだねた。
そしてその何年か後には店を閉めるという知らせが来て僕らは名残惜しい気持ちになった。

近しくなって僕は自分の背中を押すように彼女を旅行に誘った。僕にとってそれは将来への誘いであったが、彼女はどう思ったか分からない。
静かな6月の晴山館の朝、二階の窓からは朝露に濡れた芝の緑が鮮やかに靄の中を遠くまで続いていた。その時の僕は未だ彼女の前に自分をさらけ出し、自分を投げ出して支える覚悟にまでは至ってなかった・・・。

高邁な若さはお仕着せのべき論で自らを律することを拒み、僕たちは他人と違うことを恐れず自らが望むように歩くことを誇りに思いたかった。だが、そうしたつもりでも恋の道は古典的だった気もする。

二人で旅行をするようになって僕らの間を遮るものは何もない、そんな気分だった。仕事を終えれば多くの時間を一緒に過ごした。そのころ彼女の職場は僕の職場のその先にあったので僕らは僕が運転する車で一緒に通勤をすることもあった。僕は行く末に結婚することを意識し始めたので、慕わしさや愛おしさだけでなく、互いに素で居られることや、苦も笑い飛ばすことができることも望んだ。
ある時、彼女は「智恵子抄」の話をした。それは彼女がその本の”智恵子”のように愛されたいということであったと思うが、僕は本の名前は知っていたが読んだことはなかったのでうまく答えることができなかった。後に「智恵子抄」を読んで彼女の気持ちを察してみたが未だ試してはいない。
また僕らは過去の話もした。それらは告白や懺悔ということではなかったが、時に痛みを伴い涙し憤慨し嫉妬することもあった。それはいずれ二人が将来の契りをかわすために通るべき道だったのかもしれない。傷つくことを恐れず厭うことなく愛することそれは僕の決意だった。僕らが交わりを深めるなかでは過ちもあったが僕はそれを枷鎖とした。そうして2年を経ると最早僕らには結婚しない理由は無かった。
彼女は慕わしく愛おしく信頼し守るべき人になっていた。また彼女は刺激的で世の倣いの中に僕を眠らせてはくれそうになかった。僕はそんな彼女を選び守るべき決意をした。(自分の力に自信を持っていたわけではなかったが・・・)
1980年、僕らは妻の誕生日に婚姻届けを出し、僕の誕生日に結婚式をあげた。

レストラン リード の記憶とともに・・・



追記:今日は彼女の誕生日

 

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