SSブログ

節分の頃 [塗師屋]

フキノトウを掘り起こし、天ぷらにしたものを我慢してたべた。
福寿草が顔を覗かせ、紅梅が咲き、白梅もちらほら、遅れていた蝋梅も膨らんできた。

home20090204blog 001.jpg

気の早い水仙はとっくに春といって咲き誇っている。


かまど [塗師屋]

竈(へっつい)に、羽釜をのせて、その上に蒸篭をのせて、もち米を蒸して、餅をついた。
いつもよりも少なめについた。
餅つきの日は12月30日と決まっていて、記憶にあるかぎり毎年欠かしたことはない。
御供え用を数組と切り餅を数張りつくるのだが、気持ちの中では良くも悪しくも一年が過ぎたことを感謝するような気分になる。

Home20081230blog 002.jpg

焚き付けに粗朶をくべ、薪を焼べる。
竈の火は「火床の奥が明るく(照らされる)ように焼べろ」だ、そうだ。
火箸を持つと、ついついいじりたくなるが、そこを堪える。(こらえられるようななった)
火はいじらないのが一番よく燃える。

Home20081230blog 001.jpg

炬口が削れてしまったこの竈は、古い土竈の台座の上に耐火煉瓦で近所の人に組みなおしてもらった。耐火煉瓦を切ったり削ったりしながらくみ上げてくれたのを、子供心に感心しながら見ていた記憶がある。

煙突を持たないこの竈はもともと茅葺の家の土間に置かれていたが母屋の建替えにともない物置に移した。今は右側の一口を使って、餅つきのときに使っている。
粗朶や薪も残してあって暫くは用を足すことができるのだが時の流れには抗い切れない。そろそろ簡便な鋳物の竈に換える時かもしれない。

 


実り [塗師屋]

今年も実りの時期になった。稲刈りは天気との相談が必要だ。土曜日は午後から秋晴れになったので小さな田んぼ(もち米)の稲刈りをした。

Farm20080920blog 001.jpg

9月20日 明日からは利根川が禁漁になる。結局、先週末の釣りが利根川の最終釣行になった・・・


穂折り [塗師屋]

1月5日 朝、うっすらと降りた霜と乾いた青空の下で、庭先はずいぶん賑やかになる。スズメやムクドリ、ヒヨドリなどが残り少なくなった庭先の柿の実を毎朝啄ばみに来るのだ。
庭の柿は昨年が生り年だったので、この冬のうちにと穂折りを進めたきた。禅寺丸、富有、次郎、早生、霜丸、衣紋、蜂屋、鶴の子、何本もある柿の穂折りを進めているが、この冬は少し暖かいせいか例年になく柿の実が残っている。柿は穂折りをすることで新たな芽が吹いて一年おきに実が生る(隔年結果性)ということらしいが定かではない。

暮のうちから進めてきた穂折りも年が明けて塀際の富有の木を一本残すのみになった。上のほうの枝についた富有の実をいつもより数多く残して穂折りを終わりにした。


玄米 [塗師屋]

10月14日 籾摺りが終了した。
籾を扱う稲刈りや精米の時はのぎっぽくなる。
それとは対照的に籾摺りを終えた玄米は透明で艶やかだ。
米選機の吐出口から流れ出る玄米を器に受けて、撫ぜてみて、眺めてみて、一粒口に含んでみた。
どれほどの米なのかは解らないが、ふっくらとした粒を見ながら、ふうっと一息吐いた。
季節に追われるように籾を播き、慈しむように半年育てた米の収穫はうれしく、誇らしい。
積み上げた米の袋をみてほっと安堵した気分になった。
収穫に感謝し、次の豊穣を祈る気持ちになって、玄米がきっちりと詰まった袋をパンと叩いてみた。


白鷺 [塗師屋]

週末に稲刈りを終えた。春にはセキレイやムクドリなどを引き連れて代かきをした田の稲刈りに今日は白鷺が寄ってきた。例年の稲刈り時にはカラスが寄ってくるのだが白鷺も終に学習したようだ。
トラクターやコンバインに乗っていると幾つかの鳥は驚くほど近づいてくる。乗用農機に乗る人は危害を加えることはないと知っているようだ。土や草に隠れていた虫を目当てにセキレイやムクドリやカラスが寄ってくる。セキレイに至っては跳ね上げた土が掛かる位のところまで近づいてくる。ムクドリは忙しなく虫を探すしカラスは小さな野ネズミも捕食する。白鷺はきっと蛙が目当てに違いない。
白鷺が翼を広げると思いのほか大きいが、じっと立ったまま地面に目を凝らして餌をさがしている。ほっそりと白い立ち姿は楚々としてなかなかのものだが目は表情を伏せている。


なってこった [塗師屋]

2月22日 風邪を引いたらしい。もう2日動けないで休んでいる。発熱は少なく、医師の見立てではインフルエンザではなさそうだ。何とかしなければ・・・

お祭り [塗師屋]

例年になく暖かい日が続いて、庭の梅が見ごろになった。少し早いようだ。

今日は、お祭り。いつもは冷たい北風の日になるのだが、今日は、やや風は強いが寒くはない。神社にお参りをしてから、甘酒(実はどぶろく)の相伴に与ってきた。

短く狭い鳥居の下には的屋が軒を並べている。子供の頃の記憶とあいまって、狭くなった参道をお参りするのは少し浮かれて気恥ずかしい気分にもなる。

この参道の脇には、いつもの通り花や木をならべて売るお店も出ている。居並ぶ鉢の中に一重の紅色の木瓜があった。


師走 [塗師屋]

更新できる状況ではなかった。一足目と三足目の草鞋に忙殺され、草鞋が擦り切れてしまわないかと気が使われたのだ・・・それでも夢を見ている。


独白、湯治場への夢 [塗師屋]

なんだか少し心身のメンテナンスをしてみたい気分である。米の収穫と機械の手入れを終えたら、そうする時間があってもいいなあと思うようになってきた。「秋休み」を自主的に作ろうかと、

少し淡い期待が頭をもたげる。とはいえ一足目の草鞋はそれを許すまい。息が切れない程度に、たまには少し無理をして走り続けてきた体は、この頃は少し新陳代謝が低下しているようでもある。きっと一泊や二泊の温泉程度では慣れていない体が湯あたりを起こすに違いない。

一足目の草鞋からトラブルの渦が押し寄せてきいるなかで、二足目の草鞋に履き替えて収穫を終えた。そうして一息入れようと思ったところに三足目の草鞋の関係も大きな悩みの種がこぼれてきた。そうそう、Elsaの背中に出来た脂肪の塊の手術もあった。こんなときは、平静を保ち焦らず対処するのが吉。

渓をはじめとして、幸せになれる場所は沢山ある。でも今は弛まず歩むこれしかないか・・・